禁断の科学裁判
−−−ナウシカの腐海の森は防げるだろうか−−−
新着情報−−裁判の動き−−(以下、敬称略させていただきます)
2011年4月9日、上越市で開廷予定だった最終審(人民の人民による人民のための法廷)は延期
2010年11月の二審判決に対する市民による最終審は、当初、2011年4月9日、上越市で開廷予定でしたが、去る3月11日の大震災・原発事故のため、延期となりました。
再開の日程が決まりましたら、改めてお知らせします。
(11.3.29)
上告、ボイコット。最終審(人民の人民による人民のための法廷)に跳躍上告
先月11月24日に言渡された東京高裁の二審判決に対する住民(控訴人)の方針が上記のとおり、決定しました。
(2010年12月8日)
以下は、これに対する個人の声明です。
≪住民側代理人のコメント≫
柳原敏夫
原点に帰る(ボイコットと市民の自己統治)
本件は遺伝子組換え作物の危険性を問うた日本で最初の裁判です。
この6年間、提訴した市民が最も問題にしたことは次のことでした。
耐性菌や微生物研究者(平松啓一順天堂大教授など)によってくり返し次の事実が指摘された。
「被控訴人の遺伝子組換えイネの野外実験によって、抗生物質耐性菌とは桁違いの危険性をはらむディフェンシン耐性菌が出現したことは確実である」
その結果、出現したディフェンシン耐性菌はその後どうなったのか、微生物研究者によって示された最悪のシナリオは地球環境と人類の健康に致命的な被害・脅威をもたらすというもので、我々はひょっとして全面的危機の瀬戸際にいるかもしれない、ディフェンシン耐性菌問題の解決に向けて、事案解明に真摯に取り組んで欲しい――これが提訴した市民の切なる願いでした。
しかし、裁判所は市民のそうした切なる願いに耳を傾けようとしませんでした。一審(新潟地裁高田支部)も二審(東京高裁)も、提訴する原告(市民)の側に事案解明をする立証責任があるという古い枠組みにしがみつき、原告(市民)はこの事案解明の責任を果していないという理由でもって原告(市民)の負けと判断したからです。提訴するまで、ディフェンシンもディフェンシン耐性菌のデの字も知らなかった原告(市民)にディフェンシン耐性菌問題の事案解明を果たして裁判所に持ってこい、と言うのであれば、初めから提訴なんかしない。それは科学裁判は裁判所に持ち込むなと言うにひとしい。こんな木で鼻をくくったような判決で一丁あがりというのは、科学裁判の判決として致命的な欠陥判決である。それが原告(市民)の率直な感想です。
もともと裁判所というのは市民に対する紛争解決のサービス機関です。そのサービス機関がこうした欠陥商品しか提供できないとき、これに対する市民の答えは「そんな欠陥商品は要らない、ボイコットする」です。
よって、欠陥商品しか作れない裁判所が紛争解決のサービス機関として失格であることを示すため、原告(市民)は上告をボイコットする。
しかし、これは最低限の答えです。私たち市民は単に裁判所にノーと突きつけるだけで終わりにはしない。なぜなら、恐るべきディフェンシン耐性菌問題は何ひとつ解決していないからです。私たちは、無気力、無関心、無感動でこのままでは退場するだけの国営裁判所に代わって、今後、暴発するかもしれないディフェンシン耐性菌の解決に向けて取り組む。それが人民の、人民による、人民のための法廷、市民法廷です。
もともと環境裁判は三審制ではなく、四審制です。人間世界の裁きだけでは済まない。そのあとに自然界の裁きが待っているからです。いくら人間が好き勝手な裁きをしたとしても最終的には自然界の裁きに従わざるを得ない。だから、自然界の裁き(真理)に謙虚に耳を傾けるほかないのです。そこで、私たち市民は、自らの手で法廷を開催し、ディフェンシン耐性菌問題の真理を探究し、そこからディフェンシン耐性菌の最終的な解決に向けて行動する。
真理の力は国家の力をも打ち負かす。
これを示すために、最高裁を飛び越して、最終審(人民の、人民による、人民のための法廷)に上告する。それが跳躍上告という意味です。
(2010年12月8日。ジョン・レノン30周忌に)
Imagine there's no countries
It's easy if you try
No national court below us
Above us only natural court
Imagine all the people
Living for in peace environmentally
高裁判決の感想
≪住民側代理人のコメント≫
神山美智子
判決に対する皆さんのメールを読んで、昨日読んだカザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海の惨状に関する文章を思い出しました。豊富な水量を誇った二本の大河から取水して農業を盛んにしたら、河の水が途中で途切れ、この河がそそいでいたアラル海が無くなってしまったという話です。当初はたくさん獲れる魚を使った缶詰工場も作り、旧ソ連に大量販売していたそうですが、今は砂漠。押し寄せる砂から学校を守るため、毎日砂掃きをする生活とか。一時は成果があったように見えても、自然は決して人間の言いなりにはならない。そのことを被控訴人の農研機構の研究者も知っているはずだと思います。知っていながらお金になる研究をしなくてはならない独立法人(農研機構)の虚しさ。誰も幸せになれなかった小泉改革の愚を、今こそ改めなくてはならないと思います。
そして東京高等裁判所は、科学裁判だから難しいことは説明会を開いてほしい、説明に行きますという控訴人たちの申し入れをその必要はないと断っておきながら、判決の中で「スライドガラス捕集法による収集といってもスライドガラスによる捕集ではいもち病の胞子以外の様々な胞子や菌が捕集されると考えられるが、その中からどのような方法でいもち病の分生胞子を見分けて収集するのかという具体的な収集方法についても何ら特定されていない。」(7頁下から3行目〜8頁1行目)とか、「隔離圃場内にはディフェンシン耐性菌以外の無害な菌も存在すると考えられるが、どのようにしてディフェンシン耐性菌の存在する植物だけを見分けて殺菌するのか、」(8頁3〜5行目)とか、「隔離圃場内という場所で殺菌処理として採用できる方法はどれが一番適切で有効なのかということについての特定もなく、」(同頁7〜8行目)などと控訴人の耐性菌の調査と殺菌の請求ではよく分からないと批判しています。控訴人は科学者に来てもらって説明をすると言ったのですから、分からなければ説明会を開いてそこで聞いてくれればよいのです。そうでなければ法廷で、この判決で分からないと書いてあることを控訴人に聞けば良いのです。単に聞けば済むことを聞かずに、後出しジャンケンのようにして敗訴させるなど、卑怯極まりない判決だと思います。
鑑定についても、一審では鑑定不能、したがって原告の立証不能で敗訴なのに、高裁はその鑑定から、「本件GMイネの水田水中からディフェンシンが検出されず、切断したイネの葉からディフェンシンの漏出の有無が確認できなかった。」(9頁下から2行目〜10頁1行目)という部分をわざわざ引用して、「これからすると、本件GMイネから耐性菌が出現する可能性が極めて高いとの控訴人らの主張は否定されることになる。」(10頁1〜2行目)と決めつけています。それでは耐性菌研究の第一人者の平松啓一教授の意見書(甲107号証)についてはどうなのか、ディフェンシン耐性菌の出現を自認した被控訴人の農研機構の研究者の論文(甲3号証)はどうなのか、など、控訴審で新たに提出した証拠や主張には何も答えていないのです。控訴棄却という結論が先にあって、後から理屈を考えるという裁判の見本です。
それにしても最近の東京高等裁判所はひどすぎます。地裁で貼った印紙の1.5倍もの印紙を貼らせておきながら、多くの事件が1回で結審、判決は控訴棄却です。最高裁判所が存在しないに等しくなって久しいですが、高裁も存在しないに等しい今日この頃です。これで憲法上保障された「裁判を受ける権利」は守られていると言えるのでしょうか。これらも訴訟促進こそ国民の声という小泉改革の結果ではないでしょうか。
(2010年12月3日)
高裁判決の感想
その後、寄せられた高裁判決に対する感想を掲載します。
≪研究者のコメント≫
ディフェンシンGMイネ裁判で責任放棄の東京高裁判決(2010年11月24日) 筑波大学元教授 生井兵治
私は、本控訴審が今年9月13日(第5回)で急遽結審したことを受け、10月29日に陳述書を提出しました。11月24日の判決は、この陳述書(*)(さらには過去の複数の陳述書。例〔2009年12月6日付陳述書〕)にも示した本GMイネ裁判の核心的な争点に対する科学的に重要な証拠には一切触れず、欺瞞的、こじつけ的な理由を並び連ねただけで、@ディフェンシンGMイネの野外栽培実験差止め請求とA野外栽培実験水田におけるディフェンシン耐性菌の調査ならびに耐性菌の殺菌処理請求を却下し、B本件控訴を棄却しました。上記陳述書に、「裁判所は科学的な真相解明にどれだけ真摯に取り組んだか」が問題であると書きましたが、この判決は国家戦略に迎合するための責任放棄の判決であり、これでは日本国憲法の謳う三権分立が泣きます。さらに、日本の生物多様性基本法(第3条3項)が謳う、遺伝子組換え生物(GMO)の生物多様性への悪影響(耐性菌の出現と伝播など、不可逆的・不確実性の高いリスク)を未然に防ぐための「予防原則」の規定にも反する判決であることは明らかでしょう。(*)
即日、北陸研究センターは、「当方の主張が全面的に認められ」た旨の文書を上越記者クラブに配布しました。しかし、科学的に勝ったと心底から喜び、胸を張れるでしょうか。
(*)陳述書の3.「耐性菌の選択的大量増殖」問題に関する不誠実な債務者(被控訴人)の不条理と審理経過の不条理」(3〜7ページ)と、4.「自然交雑」問題に関する不誠実な債務者(被控訴人)の不条理と審理経過の不条理(7〜11ページ)参照。
●判決言い渡しを傍聴して
とにかく、本裁判の春日通良裁判長の、入廷から判決言い渡しまでの態度が忘れられません。裁判長なら「長」らしく、もっと身から自然に滲み出る威厳というか、「この裁判長の裁きなら、どういう判決が出ようとも納得するしかないか」と、控訴人、被控訴人や傍聴人たちに思わせるほどの絶大な信頼感を漂わせてほしいものです。
それが、ドラえもんの「どこでもドア」があるみたいな茶色い壁の中央の扉から、背を丸めてコソコソと出てきて(私には、そう感じた)、かたがった体形のまま、最初から軽くお辞儀をした恰好で裁判長席に着き、まともに真正面(傍聴席)を見ることもなく、お辞儀をして着席。直ぐに判決文書に目をやって判決・主文を読んで判決を言い渡し、「以上です。」と言いながら一瞬だけ前を見て、直ぐ下を向き文書に手をやりながら、しばし放心状態になったように見えました。判決は、控訴人の請求をすべて棄却するものでした。
この間、1分間もかかったでしょうか。控訴人、弁護人、傍聴人たちは、9月13日(第5回口頭弁論)の強引な結審の仕方から、請求棄却の判決が出ることは予想していましたが、各自やりきれない思いを胸に、ぞろぞろと退廷。唯一、被控訴人の1弁護人(後出の『ご連絡』作成人)のみは、勝訴の喜びを噛み締めている風情でした。
いずれにしても、私には、裁判長の一連の態度から、判決に対する自信の片鱗も感じられませんでした。この感慨は、控訴人寄りの私のひがんだ心のせいだと言えるでしょうか。
以上は、判決言い渡しを真正面でつぶさに見た(聞いた)ときの私の率直な印象です。
●東京高裁は科学的な真相解明にどれだけ真摯に取り組んだか
今回の控訴審では、裁判官が科学的な真相解明に取り組むべき二つの問題に真摯に迫った判決をしたかどうかが問題です。そしてまた、本GMイネの野外栽培実験を実施した被控訴人たる農業・食品産業技術総合研究機構
中央農業総合研究センター 北陸研究センターの研究員たちが、例えば日本学術会議「声明 科学者の行動規範について」(3〜4ページ)の各項(社会的責任、科学者の行動、説明と公開その他)に照らしてみて、原告・控訴人はもとより地元の農民・消費者等に対してどれだけ真摯に対応してきたかという問題もあります。
1.裁判官が科学的な真相解明に取り組むべき二つの問題
第1の問題――耐性菌:カラシナ・ディフェンシン遺伝子組換え(GM)イネ〔以下、本GMイネ〕の野外栽培実験によるディフェンシン耐性菌の選択的大量増殖による耐性菌発生の問題であり、裁判官は法理論に基づき科学的な真相解明にどれだけ真摯に取り組んだかが問題です。ディフェンシン耐性菌発生の問題は、原告弁護団が関連文献や本GMイネの育成経過を検討して、危険極まりない未曾有の大問題だと確信したものです。
第2の問題――自然交雑:地元の農民・消費者や県外の市民など原告の人たちが、当初から大きな不安を感じたことの一つは、どんな問題を孕むか不明な本GMイネが有数の米どころ新潟で野外栽培されれば、農家の非GMイネに自然交雑する可能性が心配、ということです。実際、GM作物に関する国の隔離基準は、極めて非科学的なデータと協議に基づく決定です(GMイネでは、当初20メートル、すぐ暫定的に26メートルと修正し、30メートルに確定)。そもそも、自然交雑を完全に防ぐための作物ごとの画一的な隔離距離などというものは、受粉生物学的にはあり得ないことが専門家の世界では昔から常識です。
2.判決に見る二つの問題の棄却理由の欺瞞
2.1.第1の問題――耐性菌
第1の問題の判決理由:判決理由を私なりに整理すると、@「本件GMイネの水田水中からディフェンシンが検出されず」、A「切断したイネの葉からもディフェンシンの漏出」せず、B本GMイネのディフェンシンは、「補充鑑定によれば、当初想定していたほどは蓄積」せず、速やかに「分解等により存在量が減少する」うえ、C「抗生物質の多用・常用による耐性菌の出現と同じ条件下でディフェンシン耐性菌が出現すると認めるに足りる証拠はな」く、D「直ちに被控訴人が本件栽培実験と同様の野外実験をする蓋然性が高い」とは言えないから、「現実的な危険の切迫の可能性」は高くない、などというものです。
判決は核心的な真相解明を二重に放棄:控訴人側が示した、@病害抵抗性品種育種の歴史は、抵抗性品種を栽培すると新型耐性菌の選択的増殖による抵抗性崩壊が起るという、抵抗性新品種の育成と新型耐性菌の発生との「いたちごっこ」の繰り返しの歴史だったこと(各種の証拠提出)と、A被告・被控訴人側が、耐性菌発生の可能性を認識しており、「耐性菌の出現頻度の比較解析研究を進めて」いた(川田元滋ら、『化学と生物』2005年第43巻4号)にもかかわらず、裁判の途中から科学的な文献的理由を一切示さずに「耐性菌の出現はあり得ない」と断定しつづけた自己矛盾、という核心に迫る各種証拠は、判決理由のどこにも見られません。これが、裁判官による一つ目の真相解明放棄です。
二つ目の放棄は、控訴人側が最も核心に迫る事案解明の方法と考えた、「ディフェンシン耐性菌が発生することを被控訴人らが認めていたこと」の証明を目的とした、@川田氏らの証人尋問の申出と、A「耐性菌の出現頻度の比較解析研究」のデータ等の文書提出命令の申立について、9月13日(第5回口頭弁論)当日、裁判長が、@には理由なしで、Aには被控訴人の代理人弁護士の一人が作成した『ご連絡』(9月13日付)で「比較解析研究は実施せず、文書は存在しない」というのだからという理由にならない理由を鬼の形相(私には、そう見えた)で述べ、拒否したことです。実際は、『ご連絡』が、耐性菌の出現頻度の比較解析研究を行わなかった理由とした精製ディフェンシンの大量生産技術の未確立は真っ赤なウソで、大量生産技術を含む特許出願をしています(特願2006-318851)。
それでは、上述の判決理由はと言えば、判決理由@、Aは、分析試験に方法上の問題があり、検出結果は科学的に無意味です(私の陳述書(3)参照)。判決理由のBは、鑑定人が北陸研究センターから受け取ったGMイネ種子も、ディフェンシンを調べるための抗体も、鑑定するに足る品質を持たなかったため、「鑑定不能」の結果に終った実験の一部だけを採用したもので、これも科学的に無意味です(2009年12月6日付陳述書14〜15ページ)。Cは、控訴人側から提出した複数の重要証拠を黙殺しており(意図的としか思えない)、Dは、カラシナ・ディフェンシンについて筑波地区の研究機関が関連研究を続けているのに、「同様の野外実験をする蓋然性が高いなどとは認められない」と恣意的に述べたに過ぎず、「同様の野外実験をしない」という蓋然性もありません。
2.2.第2の問題――自然交雑
第2の問題の判決理由:第2の問題の判決理由は、@イネ花粉の寿命は5分間と短命で、かつA国の隔離基準(30メートル)は厳格に守られており、Bモニタリング調査でも交雑は確認されていない、C北海道では300メートルとか600メートルでも交雑が認められているが、「北海道という土地、新潟県上越市という土地の場所的違いやその土地の広狭、その他気象条件等の自然条件によっても異な」るから、「北海道で上記距離でも交雑が認められたからといって、本件においてもそれが当てはまるとは直ちにいえない」、D交雑の危険性を被控訴人が立証する必要はない、などというものです。
判決は核心的な真相究明を放棄し、かつ自己矛盾に陥っている:判決理由@〜Bをみれば、交雑の危険性はなく安全のように見えます。しかし、Cをみれば、状況次第で自然交雑の可能距離は異なるため(これは、その限りでは真実)、国の隔離基準を十二分に守っても、つねに安全とは言えないことになります(私の陳述書と陳述書(2)を参照)。第一、Cでは、どうして上越市では北海道よりも交雑可能距離が短いのか具体的説明がなく、お粗末なこじつけ判決理由です。さらに、@については、一審で被告側提出の「イネ花粉の寿命は5分間が定説」と主張する横尾政雄氏の陳述書があります。しかし、横尾氏も共著者である1971年の論文(Cytologia
36: 104-110)では、イネ花粉には5分間以上生存するものがあり、たった1粒の花粉でも受粉すれば交雑する可能性があるのだから、実際問題として留意すべきだと述べており、陳述人自身の自己矛盾があり、陳述書には値しない代物です(私の陳述書と2009年12月6日付陳述書7〜9ページ)。また、Bは、生物統計学的にみて極めて不十分な調査数のモニタリング方法による結果であり、そもそも「ある」と結論するよりも「ない」と結論づけるほうが著しく至難の業なのです(2009年12月6日付陳述書9〜11ページ)。Dについては、民事裁判では立証責任は原告・控訴人にあるそうですが、交雑が生じたイネ(ディフェンシン耐性菌も)の提示要求を農民や消費者に対してすることは、真相解明に必要な材料を被告・被控訴人のみが保有する本件裁判では不可能であり、裁判法の不備を痛感します(私の陳述書と陳述書(2)を参照)。
2.3.結論――裁判所の存在価値や如何
以上、今回の判決は、第1の問題であるディフェンシン耐性菌発生の危険という根本的な問題について科学的な真相解明を何もしないまま、東京高裁として「問題ない」と保証したのです。同じことは、第2の問題である自然交雑の危惧についても、言えます。これでは、責任放棄の高裁判決であり、司法の崩壊です。もしも不可逆的な危険が現実化したとき、裁判所と裁判官は責任の取りようがないわけで、これはまさに犯罪でしょう。この背景には、新自由主義、経済至上主義、競争原理の反映として「生命特許」問題があり、日本政府が遺伝子組換え等のバイオテクノロジーを国家戦略(バイオテクノロジー戦略大綱)としていることがあります。
不当判決のせめてもの救いは、「裁判所の姿勢」が鮮明に読み取れたという収穫です。
残念ながら、事ここに至り信頼の揺らいだ司法ですが、懲りずに上告して最高裁の姿勢を鮮明に読み取る必要があるでしょう。また、国内外の市民が行う「国際市民裁判」を広く呼びかけ科学的な真相解明を進め、本GMイネに市民の判決を下す必要があります。
(2010年12月1日)
≪市民のコメント≫
イネ裁判で思うこと――宮仕えの甘さ―― 傍聴人 大庭
有二
世の中には4択問題がシバシバあるが、その選択肢には知識がなくても誤りと判る選択肢が多々ある。
この判決では、「範囲が広範すぎる」「特定されていない」「適切なのかということについて特定もなく」などと裁判の過程を知らなくても明らかな審理不足と判る理由が堂々と述べられ、かつ科学における最も難しい証明とされる科学的事実の否定(「起こらない」「存在しない」などの証明)を判決の理由としていとも簡単にあげている。
更に気になる判決理由として「耐性菌が出現する可能性が極めて高いとは認められない」がある。この文章は「出現する可能性が認められない」なのか「極めて高いとは認められない(極めて高い以外はありえる)」と言っているのか曖昧で、肝心な意図が明確でない。
しかし、この文章は、「耐性菌が出現する可能性はゼロでない」と言っていると解釈すべきであり、それを受けた判断が、「抗生物質の多用・常用による耐性菌の出現と同じ条件でディフェンシン耐性菌が出現すると認めるに足る証拠はない」とあるのは、証拠は無いが「耐性菌が出現する可能性がゼロはない」としていることを全く無視している。これはディフェンシン耐性菌出現による被害が起こらなければ、「証拠として認定しない」とほぼ同義であり、非文明国の儀式にある「人柱」が立たなくては認めないとする野蛮な体質を表明している。
こうしたメチャクチャな判決理由が出るのは、審理不足を知りながら判決を急いだからにほかならず、勝利した被訴訟人に組しようとする意思が働いたと推測せざるを得ない。
今回の裁判でつくづく感じるのは、裁判所と言えども「正義を貫くことが最善の行動」の意識は無く、極論を言えば裁判官にとって大切なのは「自分、上司、所属する組織、国、それから正義」順であり、働く目的が逆転していることに根本がある。
こうした働く目的の逆転が平然となされるのは、裁判官(公務員)自身はその判断に対して責任を問われることがないことにある。判決によって何らかの被害を発生した場合でも国だけが責任を負うことになっている。しかし、こうした事は民間企業にはありえないことであり、担当者が最も厳しい責任追及を受け、上司の連帯責任も問われるのが普通である。その上、民間企業では常に外部との競争に曝されている。大手企業といえども不正義、不誠実な振る舞いをすれば消費者から見捨てられ、他の企業に座を明渡さざるを得ない。しかし、裁判所(国)にはそのような外部との競争に曝されることもないからこの点に鈍感でいられる。その結果、容易に国の関係機関内での駆け引きや個人の人事評価を高くすることに主眼を置く体質になるのである。
具体的に言えば、現場で働く裁判官は上司から人事評価を受けるし、司法もその運営には立法や行政などの国の関係機関の協力なくしては立ち行かない現実があり、関係機関には協力的にならざるを得ない実情がある。
今回は被訴訟人が独立行政法人であり、農水省が後押しする国の支援機関である。こうした国の進める事業にブレーキを裁判所がかければ、しっぺ返しが当然あると思うべきであり、その有形無形の圧力は無いほうが不思議である。
この内向きで個人を優先する体質を改善するには、国家賠償法を改正して、判決については裁判官が過去に遡って責任を持つ制度にすべきだと思っている。例えば、判決の誤りが個人の生命を脅かしたり、全世界に悪影響を及ぼしたりする重大な結果をもたらした場合は、その判決に到った過程を第三者機関が再検証し、裁判の過程と判決に合理性が欠けている場合はその責任を追求し、必要に応じて過去に遡って人事の見直しを行って、上司による人事評価を根本的にひっくり返してしまうような制度とするのである。
これにより、裁判官は長期的視野が大切だとの意識を持ち、近視眼的人事評価を気にしても最後にはどんでん返しの責任追及があるとの危機感を持つように、根本的な体質改善をする必要があると思っている。
こうした個人への責任追及は日本の公務員には全くないが、韓国の不正資金疑惑で自殺した盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領などを見ると、海外のほうが厳しい姿勢をとっているように思えるし、国家賠償法の不備を改善することにより、行政全般の質の向上が図れるのではないかと思える。
高裁判決の結果と感想
2010年11月24日、東京等高等裁判所民事第20部で住民(原告・控訴人)の請求を斥ける判決が言い渡されました。
==>判決全文(当事者目録は略)
報道記事==>朝日新聞新潟版
この判決が明らかな誤判であり、不当判決であることを今後、正式に証明しますが、さしあたり、本裁判の事実関係と判決に対する関係者個人の感想をアップします。
≪事実関係≫
1、裁判の当事者・対象
本裁判で問題となったのは、元農水省の研究機関で、現在、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構(農研機構と略称)が開発した遺伝子組換えイネの危険性です。そのイネはカラシナ・ディフェンシン(*1)という強力な殺菌作用を持った抗菌タンパク質を常に作るように生命操作された遺伝子組換えイネ(*2)です。この遺伝子組換えイネを、農研機構が2005年と2006年、新潟県上越市の農研機構の研究所(北陸研究センター)にある圃場で野外栽培実験を実施しようとしたので、地元住民(生産者・消費者)、県外の市民らがこの危険な野外実験の中止を求めて裁判を起こしたもの(仮処分申立書+訴状)です。
(*1)ディフェンシンは人を含む多くの動植物が作り出すタンパク質で、病原菌、ウイルス、カビの攻撃から身を守るために重要な役割を果たしていることが近年明らかになってきたもの。生物は外敵に対する防御システムを数多く発達させているが、ディフェンシンはその防御ラインの最前線で戦っている防御物質である。その詳細は、京都学園大学金川貴博教授の論文を参照。
(*2)この遺伝子組換えイネの詳細は、農研機構が国に野外実験の許可を求めて申請した承認申請書に記載されている。
2、裁判の争点
裁判では、「周辺農家のイネとの自然交雑」など野外実験の様々な問題点が議論されましたが、最大の争点はディフェンシン耐性菌の問題です。それは、農研機構の遺伝子組換えイネはディフェンシンという強力な殺菌作用を持ったタンパク質を常時作るもので、常時産生されるディフェンシンと接触する菌の中からディフェンシン耐性菌が出現するのではないかという問題です。なぜこれが最大の問題になったかと言いますと、ディフェンシン耐性菌が出現したときには、それは人を含むディフェンシンを産生する全ての動植物・生物の生体防御を脅かす可能性が高く、それゆえ、その危険性は院内感染として昨今社会問題化している抗生物質耐性菌などとは比較にならないほど桁違いなものであり(それゆえ、世界中広しと言えども、世界中で日夜しのぎを削って遺伝子組換え技術による製品開発競争が行なわれている中で、このように桁外れに危険な抗菌タンパク質を産生する遺伝子組換え作物の野外実験を実施した国は我が国のほかに聞いたことがない)、地球環境と人の健康に甚大な脅威をもたらす可能性があるからです。
3、控訴審の住民側の主張・立証
2009年10月、住民の請求を棄却した一審判決の取消しを求め、住民側は東京高裁に控訴。高裁では、住民側は、主に、
第1に、抗菌剤を頻繁に使用すれば耐性菌が出現するという過去半世紀以上にわたる抗菌剤開発と新耐性菌の出現との「いたちごっこ」の歴史から(より根本的には、抗生物質、農薬、耐病性・耐虫性品種改良、害虫や雑草抵抗性遺伝子組換え作物において、新抗生物質、新農薬、新品種、遺伝子組換え作物の開発の歴史は新しい耐性菌・耐性害虫の大発生との「いたちごっこ」の繰り返しであったという自然界の耐性菌・耐性害虫出現に関する過去から現在に至る歴史の教訓から)、
第2に、抗菌タンパク質の多用・濫用が耐性菌の出現をもたらすことは耐性菌研究の権威である順天堂大学平松啓一教授の意見書(甲107)をはじめとする微生物研究者の常識・見識から、
第3に、微生物研究者の常識・見識の裏付けとなる、これまでに、実験室でディフェンシンを含む抗菌タンパク質を使い耐性菌の出現を確認した数多くの報告(甲93(*1)など)から、
第4に、何よりも、当の農研機構の遺伝子組換えイネの開発者たちが、野外実験直前に、自ら、ディフェンシン産生の遺伝子組換えイネからディフェンシン耐性菌が出現することを認める論文(甲3(*2))を雑誌に発表したことからも、
農研機構の遺伝子組換えイネの野外実験から耐性菌が出現するのは確実である、と主張しました。
(*1)甲93号証の論文とは、農研機構が自身の論文(甲3)でもその拠り所にしている(234頁末尾の脚注1)〔黄色のマーカー部分〕参照)抗菌タンパク質研究の権威Zasloff博士らが、2005年、抗菌タンパク質で耐性菌が出現するかを実験で証明したもの(”Experimental evolution of resistance to an antimicrobial peptide”Gabriel G Perron, Michael Zasloff, and Graham Bell)。
(*2)甲3号証の論文とは、雑誌「化学と生物」の2005年NO4に掲載された農研機構の論文「抗菌蛋白質ディフェンシンの多様な機能特性」のことで、耐性菌出現を認めているのは論文の233頁左段21〜37行目(縦のマーカー部分)
そして、これについて唯一の矛盾は、農研機構が本裁判以前の論文(甲3)中で、ディフェンシン耐性菌の出現を自ら認めておきながら、裁判では耐性菌の「発生可能性がないことが科学的に公知」であると全面的に否定したことでした。住民側は、現行法のもとで科学裁判の真相解明として最善の方法を検討し、残された矛盾を解明するために次の証拠調べを要求しました。
(1)、ディフェンシン耐性菌の出現を自ら認めた農研機構の論文(甲3)中に書かれていた「耐性菌の出現の頻度について、ディフェンシンと抗生物質、農薬との比較解析研究」の真相解明のために、実験データ等の提出を求め(文書提出命令申立)、
(2)、農研機構の論文(甲3)でディフェンシン耐性菌の出現を認めたいきさつ及び「耐性菌の出現の頻度について、ディフェンシンと抗生物質、農薬との比較解析研究」についての真相解明のために、この論文を執筆し、野外実験の中心人物となった研究者川田元滋氏を証人として法廷に呼び、証人尋問を求め、
(3)、「ディフェンシン耐性菌の出現は確実である」、この微生物研究者の常識を耐性菌問題の素人である裁判所により分かりやすく解説するために、微生物研究者である東京大学木暮一啓教授を証人として法廷に呼び、証人尋問を求め、
(4)、ディフェンシン耐性菌の出現の有無をめぐって、農研機構側の川田証人と東京大学木暮証人との証言との食い違いについて真相を解明するために、両名を同席させて尋問を行なう対質尋問の採用を求めました。
しかし、第5回目の2010年9月13日の裁判で、裁判所は理由を明らかにしないままこれらの証拠調べを拒否しました。唯一の説明は(1)について、農研機構から、代理人作成の書面で「比較解析研究」の実験はディフェンシンを大量に準備することが技術的に困難なため実施されなかった旨の陳述が出されていたからでした。しかし、この陳述は科学研究の常識からみて極めていかがわしいものであり(*)、住民側は、「実験データが存在することの証明責任は住民側が負っており、そのために実験の中心人物川田元滋氏を証人として尋問したい」旨強く要求したにもかかわらず裁判所はこれを認めず、そのまま審理終結を宣言しました。
(*1)その問題点の詳細は、住民側の最終準備書面(第2部本論)34頁A〜38頁に述べられている。
4、控訴審判決
2010年11月24日、東京高裁判決は、住民が声を大にして主張した前記の4つの理由をことごとく無視し、付録的に主張した理由だけを取り上げ、これが成立しないことを理由に耐性菌の出現の可能性を否定しました(判決の第3当裁判所の判断、6(1)9頁〜10頁)。裁判所は、耐性菌は出現すると自ら認めた農研機構の論文(甲3)も平松啓一教授の意見書(甲107)も抗菌タンパク質から耐性菌の出現を確認した有名な論文(甲93)もその証拠としての価値について一言も触れることなしに、あたかも初めから存在しない証拠であるかのようにすべて無視し葬り去りました。
以上の経過を経て、高裁は住民の請求を棄却しました。
(文責 柳原敏夫)
≪住民側のコメント≫
原告百姓 天明伸浩
こんな情けない判決を出した裁判所に怒っている。
なぜなら裁判の最大の争点に判断を下すことなく訴えを棄却したからだ。
住民(原告・控訴人)だけでなく、地球上すべての生物に大きな被害を及ぼすディフェンシン耐性菌問題が最大の争点になった。この問題は今だけでなく未来の生き物たちにも大きな影響を与える。この大きな問題に向き合って判断をするべきだった。
結審した2010年9月13日。それまで住民(原告・控訴人)の意見にも耳を傾けていた裁判長が突然「鬼」のような形相になって、私たち住民(原告・控訴人)の要求を拒否した。
その時、住民(原告・控訴人)が要求したのは、相手方(被告・被控訴人)が抱え込んでいた矛盾の解明だ。その矛盾とは「このGMイネによる耐性菌が発生する頻度を調べなければいけない」と裁判が始まる前に雑誌に発表された相手方の論文と、裁判の中で「絶対に耐性菌が出現することはない」と相手方が主張したことだ。片や耐性菌の発生を前提にした言葉であり、もう一方は耐性菌の発生を否定している。私たち住民(原告・控訴人)は相手方の相反する言葉をなぜ述べたのか、その矛盾をその論文を書いた当事者本人に聞くことを求めたのだ。
しかし、この日、裁判長は最大の矛盾から真相が解明されることを恐れ、回れ右して私たち住民(原告・控訴人)の要求を拒否し審理を終結し「闇」の世界に逃げ込んだのが手に取るように分かった。
裁判官が最大の争点に正面から向き合うことを避け、逃げた瞬間だ。
私たち住民(原告・控訴人)は自分たちのためだけに裁判を起こしたのではない。この裁判に関わった、研究者、弁護士も皆同じだ。
この地球上のすべての生き物たちのために皆が協力して真相解明に努力したのだ。そしてその一歩手前にまで来ていた。
裁判官は所属する組織、その権威を守ることに固執して、本来果たすべき役割を投げ出した。
人間は弱いものだ。大きな問題と向き合ったときに逃げ出したくなることもある。しかし、勇気をだして問題と向き合うことをしなければ解決はない。また裁判所にはその責任がある。
このGMイネによるディフェンシン耐性菌は地球環境を破滅させる可能性を秘めている。このようなとても大切な問題に正面から向き合うことができない裁判所に対して怒っているのだ。
(10.11.24)
≪住民側代理人のコメント≫
民事冤罪・バイオ被爆(最悪の耐性菌の出現)・地球&市民法廷 柳原 敏夫
6年間の裁判で原告住民が求めたことは勝ち負けでも賠償金でもありません。安全・安心な農業・暮し・環境でした。よく分からないからといって遺伝子組換えイネを放任してズルズルと野外実験による環境汚染を容認するようでは、我々のみならず我々の子孫の未来もないと思ったからです。だから、何よりも遺伝子組換えイネがどのような危険性があるのか「事案の解明」に全力を尽くすことを裁判に期待したのです。しかしだからといって、住民側は事案解明を裁判所と相手方(農研機構)にお任せしていた訳ではなく、住民に協力してくれた貴重な研究者たちの助言の下に、遺伝子組換えイネの危険性を示す証拠を可能な限り収集し事案解明のたたき台として準備しました。
とりわけ本裁判の最大の争点は今なお「未知の領域」が多い遺伝子組換え技術一般の問題ではなく、既に半世紀以上の歴史を持つ「確実な領域」である耐性菌問題でした。従って、耐性菌が出現することは相手方も実験直前に発表した論文中(甲3)で認めるほど本来「争いのない事実」でした。しかし、いざ裁判になったら、相手方は耐性菌の出現は100%ないと手のひらを返すように否定してきました。そのため、住民側は、誰にも分かるほどに手取り足取り、耐性菌の出現が確実である証拠を準備しました(前述の事実関係を参照)。しかし、本日の判決はそれらの証拠を全て無視したのです。その論法は単純明快なものです――「目をつぶれば世界は消える」。裁判所は真相解明にフタをし、耐性菌の「発生可能性がないことが科学的に公知」であるという相手方の主張にお墨付きを与えました。
しかし保育園児でも見破るような見え透いた論法で出された判決に対し住民の思いは「冗談じゃない」です。第一、事案の解明は1ミリも実施されていない。解決した問題は何ひとつない――これがこの判決のエッセンスだからです。裁判所は意図して真相解明にフタをし、その結果、本来守られるべき住民の健康と地球環境が重大な危機にさらされたわけですから、これは一種の冤罪、民事冤罪と言わざるを得ません。
しかし、環境裁判の最後の裁きは自然界です。人間世界でいくら権威を振りかざそうが、小手先を弄しようが、自然界を黙らせるわけにはいきません。相手方が、そして裁判所がいくら否定しようが、遺伝子組換えの野外実験でこれまでの抗生物質耐性菌などとは桁違いの最悪の耐性菌が出現したことは確実な事実なのです。新潟県上越市の農研機構の圃場はいわばバイオ的に被爆したのです。私たちは「崩壊する司法」には何も期待しないが、だからといって、今後、ディフェンシン耐性菌の災害が猛威をふるうかもしれない未来を手をこまねいて待つこともしません。
その上、信じ難いことですが、相手方は最先端の「科学技術集団」でありながら、当初、ディフェンシン耐性菌がどのように危険なものか、正しく理解していませんでした。単にGMイネのディフェンシンが効かなくなるという問題だという認識でした(*1)。微生物研究者の京都学園大学金川貴博教授の再三の指摘の後に初めて事態の何たるかを知ったのです。
しかし、ディフェンシン耐性菌が地球環境と人体の健康に深刻な悪影響を及ぼす可能性を持つ最悪の耐性菌であることを知ったのちにも、彼らはディフェンシンの開発をやめません(*2)。バイオテクノロジーは20世紀最大の荒業である原子力技術に匹敵する21世紀最大の荒技であるのに、スリーマイル島やチェルノブイリと同様の悲惨な事故を体験しなければことの重大さに気がつかないのでしょうか。
このあと、「崩壊する司法」に代わって、住民の人たちは、未来の地球と人類にとって最善の紛争解決をめざして、自分自身の手で「地球&市民による耐性菌問題法廷」を開催し、そこで、本裁判で問答無用に却下された事案解明のための証拠調べにとことん取り組み、百年後の歴史にも耐え得る判決を出し、ディフェンシン耐性菌問題の真の解決に向けて行動に出る積りです。
(*1)2005年6月28日付の相手方の答弁書12頁(2)「万が一ディフェンシン耐性の菌が出現したとしても、現行農薬に対する耐性菌ではないため、現行農薬で十分対処できる」
(*2)異分野融合研究支援事業「植物由来のディフェンシン蛋白質を利用した新規抗菌剤の開発」
(10.11.24)
高裁裁判の報告
表 題 | 判決言渡と報告集会 |
日 時 | 判決言渡:2010年11月24日(水)13時15分 報告集会:同日14時30分〜16時30分 |
場 所 | 判決言渡:東京高等裁判所 民事第20部 8階 817号法廷 報告集会:東京弁護士会 5階502DE号。 |
内 容 | 一審判決に全面不服の原告より2009年10月14日に控訴したイネ裁判の控訴審は、2010年1月25日、第1回口頭弁論を皮切りに、9月13日の第5回口頭弁論で、原告(控訴人)から申請されていた証拠調べ(証人申請・文書提出命令申立など)を裁判所は全て却下して、審理を終結。11月24日の判決言い渡しを指定。 |
高裁裁判の報告
表 題 | 最終準備書面提出の報告 |
日 時 | 2010年11月1日(月) |
内 容 | 原告(控訴人)の最終準備書面を以下の通り、提出。 (1)、控訴人最終準備書面(第1部 要約) (2)、控訴人最終準備書面(第2部 本論) (3)、控訴人最終準備書面第2部の別紙1〜3 別紙1 生井兵治氏の陳述書 別紙2 新潟日報(2005年5月28日)記事 別紙3 被控訴人出願のカラシナディフェンシンに関する特許公開公報 |
第8回裁判の報告
表 題 | 第7回期日(第6回弁論手続)の報告 | ||||||
日 時 | 2006年10月26日(木)午前10時40分〜 | ||||||
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 |
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裁判の内容 |
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備考 |
第7回裁判の報告
表 題 | 第6回期日(第5回弁論手続)の報告 | ||||||
日 時 | 2006年9月8日(金)午後3時30分〜 | ||||||
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 |
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裁判の内容 |
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備考 |
第6回裁判の報告
表 題 | 第5回期日(第4回弁論手続)の報告 | ||||||
日 時 | 2006年7月13日(木)午後4時〜 | ||||||
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 |
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裁判の内容 |
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備考 |
第5回裁判の報告
表 題 | 第4回期日(第3回弁論手続)の報告 | ||||||
日 時 | 2006年5月25日(木)午後3時〜 | ||||||
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 |
||||||
裁判の内容 |
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備考 |
第4回裁判の報告
表 題 | 第3回期日(第2回弁論手続)の報告 | ||||||
日 時 | 2006年4月14日(金)午後3時〜 | ||||||
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 |
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裁判の内容 |
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備考 |
次回裁判のお知らせ
表 題 | 第3回期日(第2回準備手続) |
日 時 | 2006年4月14日(金)午後3時〜 |
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 |
裁判官 | 板垣千里、松井 修、満田寛子 |
内 容 (予定) |
1、主張関係 被告より原告準備書面2で明らかにされた本件争点に対する被告の見解を提出(締め切りは3月31日)。 これに対する原告からの反論も可能な限りで準備。 2、立証関係 原告より、並行して、立証の準備。 |
備考 | 次回も公開法廷ではないので、原告以外の一般人の傍聴は残念ながらできません。 |
学習会―GMイネが耐性緑膿菌を生み出したらヒトに何が起こるか?―
表 題 | GMイネが耐性緑膿菌を生み出したらヒトに何が起こるか? |
日 時 | 3月27日(月)午後3:00から5:00 |
場 所 | 飯田橋セントラルプラザ 16階 A会議室 |
講 師 | 木暮一啓さん(東京大学海洋研究所教授) ‥‥>>最新エッセイ |
裁判(第2回期日)の結果
表 題 | 第2回期日(第1回弁論手続)の報告 | ||||||
日 時 | 2006年2月22日(木)午後4時〜5時40分 | ||||||
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 (〒943-0838 新潟県上越市大手町1−26) |
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裁判の内容 |
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備考 | 原告として,当日の裁判に立ち会った佐藤ふじ枝さんの感想は‥‥>>こちら |
裁判(第1回口頭弁論)の結果
表 題 | 第1回口頭弁論の報告 | ||||||
日 時 | 2006年2月2日(木)午後1時半〜2時 | ||||||
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 (〒943-0838 新潟県上越市大手町1−26) |
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集 会 | 当日の午後1時より、裁判所前にて、雪の中で、原告、支援者の皆さんによる集会が開催されました。 ‥‥>> 集会の様子1。 様子2。 |
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裁判の内容 |
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記者会見 | 裁判終了後、雁木通りプラザで多くの報道陣が駆け付ける中、行なわれました。‥‥>> 会見の様子1。 様子2。 |
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報道記事 | 毎日新聞新潟版 |
次回裁判のお知らせ
表 題 | 第1回口頭弁論 |
日 時 | 2006年2月2日(木)午後1時半〜2時 |
場 所 | 新潟地方裁判所高田支部 |
裁判官 | 板垣千里、松井 修、満田寛子 |
内 容 (予定) |
原告代理人神山美智子より訴状要旨を陳述。 原告佐藤ふじ枝(上越市)、原告山下惣一(佐賀県唐津市)より意見書の要旨を陳述。 |
備考 | 次回第2回目は、2月22日午後4時を予定。 |
記者会見 | 時間 2時〜 場所 雁木通りプラザ6階多目的ホール 参加者 原告山下惣一、 原告代理人神山美智子ほか ※一般市民の参加も可能です。奮ってご参加下さい。 |