禁断の科学裁判
 
−−−ナウシカの腐海の森は防げるだろうか−−−


1:仮題センターの野外実験の発表から仮処分申立に至るまで
−−なぜ、裁判になってしまったのか−−

安田節子
(食政策センター「ビジョン21」主催者)
12.25.2005

中央農業総合研究センター(つくば)傘下の北陸研究センター(新潟県上越市)は、遺伝子操作(GM)イネを2002年度から研究を始め、室内実験を終えたので、今度は屋外栽培実験に入るために、国(農水大臣・環境大臣)に実験認可を求める申請を2004年11月に行いました。そしてそのことを今年4月に地元説明会を開き発表したのです。
驚いた地元の農民と消費者たちは野外実験の中止を強く求めました。センターが植えたのは、「コシヒカリ」系統の米「どんとこい」に、病害に強いカラシナの遺伝子を導入したいもち病などに強いイネで減農薬になるというふれこみです。

しかし、これまでのイネ同士を交配させる育種方法で病気に強い品種は作り出されていて、わざわざ不確実な遺伝子操作技術を使う必要はまったくありません。それより米どころでの風評被害や、GMイネの花粉が飛んで、周辺の田んぼのイネと交雑すれば、遺伝子汚染は避けられません。そうなったら、取り返しがつかなくなります。
地元の有機生産者や農民団体、消費者が再三の中止申し入れ、抗議集会、署名提出を行なったにもかかわらず反対を押し切って第1回の田植えが5月31日に強行されました。

この第1回田植えは、いもち病耐性の実効性を見るのが目的の実験のため、穂が出る前に刈り取るというものでした。しかし、第2回目の田植えのGMイネは実らせ種を取って次年度の実験用にするとの説明。その田植えが6月末と発表され、新潟の環境や米を食べる人の安全、そして未来への責任の観点からもこれを見過ごしにすることはできない、なんとしてもこれを止めさせなければと実験の差し止めを求める仮処分裁判を起こしたのです。
原告となったのは、消費者、生産者総勢12名(後にセンターに最も近い田んぼを持つ農家も加わり13名となった)です。6月24日に申立を新潟地裁高田支部に行ないました。


コラム

  1. 5月31日第一回田植え抗議行動に参加して
  2. 地元同意はとれていない
  3. 遺伝子特許競争

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