禁断の科学裁判
 
−−−ナウシカの腐海の森は防げるだろうか−−−


抗菌ペプチド濫用の危険性

金川貴博(元東京工業大学教授。専攻 )
11.4.2005

 研究者が自由に研究を行いたいと思うのは当然のことですが、明らかに危険なことは許されません。しかし、専門分野が違うと、危険性に気づかなかったり、勘違いしたりする場合が出てきます。今、気がかりなのは、抗菌ペプチドの濫用と、それによる耐性菌の出現です。

 動植物が作る抗菌ペプチドは、動植物が微生物感染を防ぐための最初の防衛線としての働きをするもので1)、その重要性が認識されるとともに、その応用も検討されています。しかし、これを濫用すれば、すでに抗生物質濫用で経験したとおり、耐性菌が出現することは間違いないでしょう。問題は、耐性菌の危険度です。抗菌ペプチドは、動植物にとっての最初の防衛線なので、これに耐性を持った菌は、大きな感染力を持つと予想されます。抗生物質耐性菌よりも、はるかに恐ろしい病原菌が生まれると予想されるので、抗生物質以上に慎重な扱いが要求されるはずですが、このことを理解している科学者は、ほとんどいないようです。

 自然状態では、抗菌ペプチドは必要なときに必要な場所で作られるので、耐性菌問題を生じないと思われますが、抗菌ペプチドの一種であるディフェンシンを酵母やカビに加えて実験室で2〜5日培養した場合に、耐性菌が得られたという報文が出ています2 .3)。この実験は、抗菌ペプチドを人為的に濫用すれば、耐性菌が出現して蔓延する危険性が十分にあることを示しています。

 ディフェンシンなどの抗菌ペプチドは、生物種ごとに構造が違いますが、問題はその作用機作で、病原菌の同じ部位を攻撃する抗菌ペプチドなら、病原菌がその部位を変異させることで、どれも効かなくなってしまいますので、耐性の影響が広い範囲に及びます(交差耐性)。

 今年の夏に、ディフェンシンの遺伝子を導入した組換えイネの野外栽培が、国内で行われました4)。このイネには、カラシナのディフェンシン遺伝子が導入されていて、強力なプロモーターにより、茎や葉で常時ディフェンシンを生産するようになっていますが、実験者は、耐性菌が出るはずがないとして、耐性菌についての何の配慮もなく、実験が終了しました。

また、微生物が作る抗菌ペプチドであるナイシンを、食品添加物として認可する手続きが進行中5)ですが、交差耐性については、抗生物質を対象に調べただけで、動植物の抗菌ペプチドとの交差耐性は審査の対象になっておらず、全く調査されていません。

 動植物が身を守るために作り出している抗菌ペプチドや、これに交差耐性を持つ物質については、濫用しないように規制しないと、生態系を大きく乱す危険性や、恐ろしい病原菌の出現の危険性がありますが、多くの科学者は、耐性菌の危険性に気付いていないように感じられます。また、抗菌ペプチドを利用したいと考えている人たちは、耐性菌の危険度を意図的に低く見積もろうとしている6)ようにも感じます。このような状況ですから、今、抗菌ペプチド耐性菌の危険性について、多くの科学者に注意を喚起することが必要になっていると思います。


 文献
1) 川田元滋ら「抗菌蛋白質ディフェンシンの多様な機能特性」化学と生物、43(4), 229-234 (2005).

2) Ferket, K. K. A. et al., Fungal Genetics and Biology, 40, 176-185 (2003).

3) Thevissen, K. et al., Molecular Plant-Microbe Interactions, 13, 54-61 (2000).

4) http://narc.naro.affrc.go.jp/inada/press/saibai_keikakusho.pdf

5) http://www.fsc.go.jp/senmon/tenkabutu/t-dai17/index.html

6) Zasloff, M., Nature, 415, 389-395 (2002).

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