禁断の科学裁判
 
−−−ナウシカの腐海の森は防げるだろうか−−−


"雑感帳 2006 〜北陸センターでのGM実験で感じたこと〜 v.1"
上越市の百姓:天明伸浩

02.08.2006


                  
 
● 2005年4月に上越で「遺伝子組み換えイネ」の問題が起きました。数年前に「遺伝仕組み換えダイズ」にどのように対応するか大きな騒ぎになっている頃、米を作っている私にとっては、遠い世界の出来事のように感じていました。またその頃の問題は"輸入するかしないか"、"どのように表示するか"が大きな争点だったので作り手の問題というよりも消費者の問題だったのです。
 しかし私たちの身の回りに遺伝子組み換えされた農産物が忍び込んできていました。ナタネ油・ダイズ油の原料、鳥や牛などの飼料として表示されず目に見えない形で忍び込んでいたのです。頭の片隅に「それはあまり好ましいことではない。」そんな思いがあったので納豆を買うときは「非遺伝子組み換えの原料を使用」の表示のものを選んだりしていました。    
 しかし遺伝子組み換え作物の勢いはどんどん増して、誰かがわざと持ち込んだわけでもないのに日本国内で勝手に生えるまでになっていました。自生した菜の花、トウモロコシの種にも入り込んでいました。そしてついに新潟県にまで大手をふるって入り込んできました。
 残念ながら、自分の身近なところで問題が起きるまで行動できなかったのですが…。


● 「川谷から25kmはなれた上越市の稲田にある北陸研究センターで遺伝子組み換えイネの実験を始める」そんなファックスが関東の消費者グループから流れてきました。新潟県内で有機農業をしていた仲間も驚き、説明会を聞きに出向きました。
 田んぼ仕事が忙しい春先にもかかわらず実験を行う北陸センターには農民・消費者など県内外から多くの人が集まってその説明を聞きました。
 しかしその説明会は本当にひどいものでした。主食であるイネの実験をコシヒカリの産地である新潟で行う緊張感がまったく無く、十分な話し合いをしないだけでなくウソまでついて実験を強行しようとしたのです。この説明会を境に多くの人が実験をストップするために行動を起こしました。           
 多くの人に協力していただいた署名、中止要請、抗議行動など初めて経験することばかりでした。

● 私は米を作ろうとしてこの場所に移住して百姓になりました。自然を見つめその日の風を感じ、土地の恵みを享受して気持ち豊かに生きていければそれで満足できるはずです。そんな私が勉強会を企画し、新潟県の「遺伝子組換え作物検討委員」になって発言し、裁判の原告にまでなりました。「自分が本当にやりたいこと。」「進むべき方向。」と違うことをやっているのではないかと考えることがありました。
 しかし勉強していく中で、21世紀はこの問題を抜きにして農業を考えることはできないし、生活全体に深く関わる問題であることがはっきりと分ってきました。

 遺伝子組み換えが持っている問題は「科学技術」が引き起こす問題の重要なテーマで、20世紀から指摘されていたのです。私たちの生活は科学技術の発達によって確かに便利になり、豊かになってきました。しかし科学技術を利用する人間性の発達が追いつかずに問題が発生しています。アスベスト問題、建築士の偽装問題、BSE問題、など科学技術を利用する人間性に問題の端緒があります。さらにそこに大きな集団の利害関係が絡むと迷惑をこうむる人の数も増えます。 
 科学技術を暴走させるのではなく、科学技術を人間がコントロールすることが必要なはずです。生命技術にはその必要性が強いのではないでしょうか。

●この問題を研究者と議論していてその研究者が見ているのは「自然」ではないように感じるときがあります。まるでイネが「機械」でできていて自分たちが思い通りに動かしているように思っているのではと感じます。しかし自然のイネは驚くほど変化し、多様性に富んでいます。だからこそ世界中で栽培され主食になってきたのです。それぞれの文化・気候に合った種類のコメを選んで食べているのです。
そのようなイネの中に、人間に都合が良い遺伝子を組み込むことが生命の進化に与える影響をどのように考えているのでしょうか。これは自然界では絶対に起こらない種を越えた遺伝子の移動で、生物の進化を無視した行為です。

●ある部分を変えて、その影響をすべて予測できるほど自然は単純ではありません。遺伝子組み換えイネによる影響がほとんど分っていない現状では、遺伝子組み換えイネを自然界に広げないようにしなければいけないはずです。生き物は自増殖する能力を持っているので、遺伝子組み換え作物が1粒、外に飛び出してもどんどん広がる可能性があります。まだ野外で実験ができる段階ではないはずです。もっと真剣にイネの姿を見る必要があり、いそいでこの実験に取り組むことはないのです。農業や生物の歴史を考えてみればもっとゆっくりと長い時間を掛けて環境や食べ物としての安全性を確かめる必要があるのではないでしょうか。

●生命の大切な部分に私たちが手を触れてよいのか?私たちの体は多くの物質で成り立っています。遺伝子はその中でも特に重要な部分です。その生命の重要な部分を自分たちの都合の良いように変えることがどのような結果をもたらすのか?それはずっと後になって分ることかもしれません。生命の根源的な部分を手前勝手に使っていればいつか人間の命にも大きな影響を与える事件が起きます。
 その例としてBSE事件があったのではないでしょうか?BSEは牛に牛を共食いさせていたことが大きな要因になっています。普通に考えれば生き物同士を共食いさせるなんて、「どこかおかしいのでは?」。そんな気持ちを持ちます。しかし経済優先の科学では「死んだ牛のタンパク質を食べさせれば、ミルクは増え、ゴミは減る。こんなに素晴らしい餌は他に無い。」そう主張していたのです。効率を優先し生命のあるべき姿を無視し、当たり前の感覚が失われ、狂牛病が大発生して世界中に広がったのです。
 今回行われているイネの中にカラシナの遺伝子を組み込む実験も、効率だけ求めるのは無理だったという結果が出る前に止めるべきです。

●この春から実験の中止を求めて本裁判が行われます。原告には農民作家の山下惣一さん・歌手の加藤登紀子さん・漫画家のちばてつやさんなど、新潟を越えて様々な人が参加しています。なぜなら今回の実験でイネに加えた遺伝子が作り出す抗菌物質・ディフェンシンに耐性菌ができることによって人類の健康を脅かす可能性すらあることが分ってきたからです。しかし、実験を行っている研究者はその危険性すら認識できないのです。他分野の良心的な研究者から指摘された危険性には耳をふさいだまま強行する姿はかわいそうですらあります。


● 自然は厳しいけどすばらしい。そのことを理解し、感謝しながら生きていけるのが百姓です。そんな私たちが遺伝子組み換え作物を受け入れないために行動するのは、あたりまえのことです。いつまでも安心して食べられるコメを作り続けるためにも細く長くがんばります。

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