禁断の科学裁判
 
−−−ナウシカの腐海の森は防げるだろうか−−−

裁判の概要

遺伝子組換えイネの裁判って何?

 この裁判は、新潟県上越市にある北陸研究センターが昨年から実施している遺伝子組換えイネの野外実験の中止を求める裁判です。
この野外実験には、遺伝子組換えイネが周辺の農家の一般のイネと交雑する、いわゆる遺伝子汚染の問題や風評被害の問題など沢山の問題がありますが、最大の問題は何と言っても、ディフェンシンという殺菌作用を持つタンパク質を常時生産する今回の遺伝子組換えイネにより、その耐性菌(ディフェンシン耐性菌)が出現し、外部に流出・伝播する可能性があり、それが地球の生態系と人の健康に深刻な影響を及ぼす危険性があるという問題です。

 以下、このディフェンシン耐性菌の問題について、説明します。

1、今回の遺伝子組換えイネの実験の概要

 新潟県上越市の中心部にある北陸研究センター(農水省の元研究機関。現在は独立行政法人「農業・生物系特定産業技術研究機構」の一部門)では、昨年2005年から、遺伝子組換えイネの野外実験が地元住民と自治体の反対を押し切って強行され、そこで、その中止を求めて反対市民から裁判が起こされました。ここでは、この実験の最大の問題であるディフェンシン耐性菌について述べます。

 人も含めてすべての動植物はディフェンシンという殺菌作用を持つ蛋白質を持っています。そして、ディフェンシンはディフェンシン遺伝子から作られます。今回の実験は、そのディフェンシン遺伝子をカラシナという植物から取り出して、それをイネの遺伝子に組み込んで常時ディフェンシンを生産するようにしたものです。これでなにがうれしいかというと、その大量のディフェンシンにより、イネの病害であるいもち病や白葉枯病の病原菌を殺菌できるからです。その上、これまでみたいに大量の農薬を使わずに、なおかつ農薬の散布・管理といった手間もかけずにイネ自身の手で自動的に、複数の病原菌を退治してしまおうというもので、環境に優しくて、おまけに経済的効率もいいという、これぞ錬金術のような画期的な発明品!というのが開発側のうたい文句です。

2、今回の実験の落とし穴

 開発側の歓声にもかかわらず、この実験には重大な陥穽がありました。それは、環境に優しく、なおかつ経済的効率抜群という錬金術のようなお話も、実は、殺菌作用を持つディフェンシンを常時生産して、常時、イネから放出して病原菌を殺菌しまくる、という至って単純なカラクリでしかないからです。それは、イネ自身の手で殺菌作用を持つタンパク質を散布するという点だけが新しく、それ以外は農薬の大量散布という従来の仕組みと比べて何の進歩もありません。従って、農薬の大量散布に対して、病原菌、昆虫、雑草が農薬に対する耐性を獲得した(農薬で死ななくなる)ように、この実験によっても、早晩、病原菌がディフェンシンに対する耐性を獲得することが予想されました。

 ところが、ディフェンシンに対する耐性を獲得した病原菌(以下、ディフェンシン耐性菌と言います)は、農薬に対する耐性を獲得した病原菌、昆虫、雑草などと比べて、次の節で述べるように、人の健康、生態系全体に深刻な影響を及ぼす可能性があり、その問題が世界中の研究者の間で憂慮されています。

 事実、既に、室内実験でディフェンシン耐性菌が出現したという外国の報告例があり、北陸研究センターの実験チームもこのことを知っていて、自分たちの論文に堂々と記載すらしていました。

3、ディフェンシン耐性菌の危険性について

 最近の「抗菌」グッズの流行で、抗菌作用を持つディフェンシンも脚光を浴びるようになりましたが、その研究は始まったばかりで、まだ分からないことが多いといわれます。

 今、次第に明らかになってきたのは、ディフェンシンは動植物が病原菌から身を守る生体防御の最初の防壁(皮膚・粘液層・細胞壁)で殺菌の働きをするもので、感染予防の第一線で大きな役割を果たしているタンパク質だということです。また、エイズに感染しながら長期間発症しない人がいるのですが、それはα-ディフェンシンを作ってエイズウィルスの活動を押さえていることが最近の研究で明らかにされました。

 だからもし、ディフェンシンに対する耐性菌が出現すれば、生体防御の最初の防壁でこの戦士(タンパク質)はまったく使い物にならず、その結果、この耐性菌は、動植物への強力な感染力を持つことになり、人を含む自然界と生態系に大変な脅威をもたらすのではないかと懸念されています。さきほどのエイズ患者も短期間でエイズを発症して死亡することが考えられます。それはまた、昨今深刻な問題になっている抗生物質の耐性菌に比べたとき、こちらは、抗生物質を使用しなければならない特定の状況のときにだけ耐性菌が問題となるのに対し、ディフェンシン耐性菌の場合、誰でも普段の生活で直ちに生体防御に支障をきたす――或る微生物の研究者は、人類の滅亡にもつながりかねない問題と警告する――極めて深刻な問題です。そして、今回の野外実験はまさにこの問題が問われているのです。 さらに詳細を知りたい人は -−>>

4、北陸研究センターの態度

 最近まで農水省の研究機関であり、今回の実験のことを自ら「国家プロジェクト」と豪語して憚らない北陸研究センターは、このディフェンシン耐性菌の危険性の問題について、本来、市民の納得がいくようにきちんと説明を果す責任があります(説明責任)。

 しかし、残念ながら、昨年の裁判の中で、北陸研究センターは、

耐性菌の出現の余地は科学的になく、また実際耐性菌の出現についての報告もない》(答弁書12頁)

と「偽装」の主張を行ない(のちに、耐性菌の出現を報告した論文が判明したからです)、その上、

万が一ディフェンシン耐性の菌が出現したとしても、現行農薬に対する耐性菌ではないため、現行農薬で十分対処できる

と、世界中の研究者たちが「人を含む自然界と生態系に大変な脅威をもたらす恐れがある」と指摘している問題を、単にイネの問題としか捉えず(しかも、農薬をまけば問題ないとは、一体「環境に優しい」というセンターのうたい文句はどこに行ったのか!)、
挙句の果てには、

本申立は、本実験を批判し、批判を喧伝する手段の一つとして行われたとしか考えられず、手続を維持するだけの法律上の根拠は全く認めることができない。いずれにせよ、本申立においては、そもそも一般的な高等教育機関で教授ないし研究されている遺伝子科学の理論に基づいた主張を展開しているものではなく、遺伝子科学に関し聞きかじりをした程度の知識を前提に特定の指向をもった偏頗な主張を抽象的に述べているに過ぎず、また法的に考察しても非法律的な主観的不安を書きつらねただけのものとしか評価しようがなく、債務者としてはかような仮処分が申し立てられたこと自体に困惑するばかりである》(答弁書19頁)

と、素人の聞きかじりの知識による裁判のために、崇高な国家的プロジェクトが妨害されるのは心外極まると言わんばかりの高圧的な態度を表明しました。

 これこそ、総論はHPなどで「適切な情報公開・提供に努めます」と美しいコトバを表明し、各論でいざ実際の実験の危険性を指摘されると、手の平を返したように「特定の指向をもった偏頗な主張を抽象的に述べているに過ぎず‥‥かような仮処分が申し立てられたこと自体に困惑するばかりである」と開き直って見せる欺瞞的態度の典型例というべきものでしょう。

5、裁判所の判断

 申立人は、予見不可能性回復不可能性を特質とするGM事故の防止という観点から、本野外実験の危険性を明らかにしました。しかし、一審裁判所は、ディフェンシン耐性菌の問題について、短時間で細胞分裂をくり返して爆発的に自己増殖するという生物特有の性質を見落とし、耐性菌を従来の化学物質などと同一レベルで考えるという誤りを犯し、なおかつGM事故におかる「疑わしきは罰する」という予防原則の適用の必要性を全く理解せず、専ら伝統的な事故の枠組みの中で、ディフェンシン耐性菌の危険性を判断して、申立人にその危険性の証明がないとして申立を却下しました。

 さらに、二審では、ディフェンシン耐性菌の問題について申立人が北陸研究センターの主張には根拠がないことをことごとく明らかにしてみせたにもかかわらず、裁判所は、これを明らかにした微生物の専門家たちの意見書を「杞憂」にすぎないと断定して退けました、一言の理由も示さずに。
 そこで、これを読んだ或る研究者の人はこう言いました――こんな非科学的な判決で、人類の将来が脅かされるのかと思うと、ものすごい憤りを感じます。 その全文は−>>

 今、人類と生態系の存亡に関わる危険な実験が、こうしたヤバンな科学研究者の人たちの手で強硬に推し進められていることを、我々市民は是非とも注視=中止していきたいと思います。

(20006.1.25。柳原敏夫。ダイオキシン環境ホルモン対策国民会議ニュースレター第38号「遺伝子組換えイネとディフェンシン耐性菌の問題」より転載)


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