禁断の科学裁判
 
−−−ナウシカの腐海の森は防げるだろうか−−−


4:今回の本訴はどういうスタンスで、どういう主張がなされているのか。

安藤雅樹(
本訴原告代理人。事務所は長野県松本市
12.28.2005

(1)仮処分から本裁判へ
 以上のように、遺伝子組換えイネ野外実験差し止めの仮処分については、第一審の新潟地裁高田支部において却下され、控訴審である東京高裁においてもその結論が支持されました。
 しかし、この仮処分の裁判の中で、本野外実験においては自然交雑の可能性があり、またディフェンシン耐性菌が出現し、それが外部に流出・伝播する可能性があることが判明しました。
 仮処分の裁判は非公開の法廷において行われ、また時間も限られているため十分な審理を求めることが必ずしもできません。今回の仮処分の審理においては、相手方が十分な情報開示をせず、反論を引き延ばすなどしたことから議論が十分に深まらないままイネ刈り取りまで時間が経過し、却下処分に至ってしまったという経緯があります。
 そこで、さらに公開の法廷で徹底した真相解明を行うことを求めるため、通常訴訟の場に舞台を移すこととしたのです。
 なお、遺伝子組換えイネに関する裁判は、この裁判が日本で初めてのものになります。

(2)本裁判の概要
 ア 原告と被告
本裁判の原告となっているのは、本件現場の周辺のコメ生産者農家と、このコメを購入している消費者、及びディフェンシン耐性菌出現による生態系の破壊を憂慮する市民〔歌手 加藤登紀子さん(千葉県)、漫画家 ちばてつやさん(東京都)、俳優 中村敦夫さん(東京都)、農民作家 山下惣一さん(佐賀県)、研究者(リスク評価専攻)中島貴子さん(ハンガリー・ブタペスト在住)〕の合計15名です。
本裁判の被告となっているのは、新潟県上越市「高田圃場」においてGMイネを生産しようとしている独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構です。
 イ 裁判を求めている内容
   本裁判において求めている内容は、
@.本GMイネの実験栽培を中止すること。
 A.損害賠償(精神的苦痛に対する慰謝料) の2点です。

(3)本裁判のテーマ
 ア 総論
原告が本野外実験に対し抱く根本的な疑問(=本裁判のテーマ)は次の通りです。
第一に、近隣栽培イネとの交雑の可能性。
第二に、ディフェンシン耐性菌の発生の可能性。
このような危険がある本実験が違法であることに加え、これについての原告の危惧を解消する十分な説明をしないなど手続的にも違法があると考えられますが、これが裁判所によって違法と認められるかどうかが、本裁判のテーマです。

 イ 交雑の可能性について
 被告は,仮処分の審理において、本野外実験における交雑防止措置として,@近隣栽培イネとの26メートル以上の離隔,A開花時期の2週間以上の離間,B開花時期のイネ固体への袋掛けもしくは栽培区全体への不織布掛けを予定し,これにより,周辺イネとの交雑は完全に防止できるとしています。
 しかし、@については、イネ花粉の交雑能力が5分程度という知見を前提にしていることが窺えますが、生物学的な意味でのイネの受粉能力は50時間に及ぶとの有力な知見が存在し,自然交雑の防止という観点からは,この50時間を基礎に,離隔距離を設けなければならない筈であり,26メートル程度の離隔では,自然交雑を十分に防止できないと考えます。
 また、Aについては、平成17年に栽培されたGMイネと近隣イネとの開花期日の離間も1日程度となってしまい,開花期の調整は困難であることが被告自身の手により既に実証されています。
 さらに、Bについても,平成17年に栽培されたGMイネ固体への袋掛けでは、いたるところで,袋が破れ,イネが飛び出していることが見つかりました。普通に考えても、このような袋がけを完全に行うことができるかについては、疑問があります。
 このようなことから、原告は、本GMイネの花粉が飛ぶことによって、近隣で栽培されているイネとの交雑の可能性は高いものと考えます。
 もし、近隣で栽培されているイネとの交雑が起こってしまった場合には、どうなるでしょうか。
 私たち市民の多くは、遺伝子組換え食品の安全性について不安を抱いていることから、スーパーなどで食品(例えば大豆を原料とする醤油など)を買う際に、「遺伝子組換えでない」と表示された食品を選んで購入するなどしています。しかし、この実験で交雑の危険がある以上、周辺で採れたイネは、遺伝子組換えのイネでないという保障はないことにもなってしまい、消費者の選択する権利が侵害されることになってしまいます。
 また、コメ生産者にとっても極めて深刻な問題が生じます。生産者の多くは、消費者のために安全かつ安心なコメを生産するよう、日々努力していますが、かかる努力がこの交雑の危険によって全く無になってしまうのです。「新潟のコメは遺伝子組換えが混ざっている」などと噂されるなど、風評被害が起きる危険性もあります。

 ウ ディフェンシン耐性菌出現の可能性について
 本GMイネは、アブラナ科の越年草であるカラシナ(芥子菜)からディフェンシンという殺菌作用を持つたんぱく質(抗菌たんぱく質)を作り出す遺伝子を取り出し、これをイネの細胞内に組み込んで、イネが常時ディフェンシンを生成するよう形質を変更して、これによりイネの病害であるいもち病や白葉枯病の病原菌に耐性を付与しようとするものです。
 このように本野外実験においては「ディフェンシン」が常時大量に産出されることになります。このディフェンシンに対し、耐性菌が容易に出現し、なおかつ外部に流出して大量に自己増殖する可能性がありますが、本件においてこれに対する対策は全く取られていません。
 また、ディフェンシンは、未だ食品安全性の審査を受けておらず、殺菌剤などと同様に殺菌作用を持つ「ディフェンシン」が果して人体へ害作用がないのかなどの作用機構も未解明であり、そのような「ディフェンシン」がおよそコメの食用部分には絶対に発現または移行しないかどうかも未解明です。
 このような状況で本野外実験を強行した場合、出現したディフェンシン耐性菌が実験場の外部に流出し、自己増殖したディフェンシン耐性菌が、人体の健康のみならず地球上の生態系に重大かつ深刻な影響を及ぼす恐れがあります。
 さらには、自然交雑を通じて一般水田に広がった本GMイネを通じて、ディフェンシン耐性菌はここでも容易に出現する可能性があり、そうなったら、ディフェンシン耐性菌は電光石火に至るところに広まり、地球上の生態系に影響を与えることも想像に難くないところです。
 消費者や生産者への影響は、イ(交雑の危険)において述べたとおりですが、さらにディフェンシン耐性菌は地球上の生態系に重大な影響を及ぼす危険もあるのです。

 エ まとめ
   以上の交雑の危険、ディフェンシン耐性菌発生の危険があるにもかかわらず、これらの危険を避けるための措置はほとんどなされていません。ディフェンシン耐性菌の発生については、被告においてはその検討すら十分になされていないものと思われます。
   このような点から、原告らは、本件実験には実体上も手続上も違法があり、差止めをすべきものであると考え、本件裁判に至ったものです。
 本GMイネに関して、生産者や消費者は、リスク(risk 危険)のみ負い、ベネフィット(benefit 利益)は何も享受しておりません。
 一体いかなる理由で、人体の健康を脅かし、生物多様性の保全を危うくし、生産と環境への悪影響が確実に懸念される本GMイネの野外実験という危険な状態を受忍しなければならないのでしょうか、これを司法の場で争うのが、本件裁判です。


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